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2009年 08月 21日 ( 4 )

ミャンマー記 入国

ミャンマーに入国するには、一つしか方法がない。

それは空路。

陸路は閉鎖されているのだ。

タイとミャンマーの国境の町、タチレイから陸路で行けると言う話もあるが、あの町はツーリストにとっては基本的にはタイからのVISAラン(VISA延長手続き)用にあるのだ。

タチレイからミャンマー国内に入るには、入国管理にパスポートを預けて、期限付き、かつまたタチレイに帰って来ないと行けないと聞いた。

しかし、ツーリストがパスポートを持たずにミャンマー国内を移動するのはまず不可能なので、やはり陸路は無いと思った方が良い。


貧乏旅行者の強い味方、エア・アジアでバンコク→ヤンゴン行きのチケットを取った。

価格は、確か90ドルくらいだった。


往復を買うか迷ったが、予定が未定だった為と、エアアジアはネットで簡単にチケットが購入出来る為、ミャンマーで買えば良いと言うことに納まり、片道だけ買った。

この片道切符が、最後の最後に私を苦しめる事になるのだった。


早朝、カオサン発のエアポートバスに乗って、朝7時頃の便でヤンゴンに向かった。
フライト時間は一時間もなかった様に思う。


飛行機から降りて、まず驚いた。

飛行機から、空港へと私達を運んでくれるバスが、日本の路線バスのお古だったからだ。

行き先の表示から、外装内装も全部元のままで、降りる時の押しボタンもそのまま。全てが日本語表示。

まさかまさか、こんな所で故郷日本に会えるとは。

空港から、こんな感じなのである。

ミャンマーで走っていたバスの99%くらいが日本のお古だった。私の実家の辺りのバスも、ミャンマーで走っているのを目撃した。とにかく、日本全国で廃棄となったバスがミャンマーで大事に使われていた。

行き先に、「吉祥寺」とか書いてあるから面白い。


空港の建物は、最近建てられたらしく、どうもバンコクの空港を意識した近代的な建物だった。

ミャンマーで見た、近代的で綺麗な建物は、後にも先にも、この空港だけだった。

入国審査管は、意外な事に女性ばかりで、荷物チェックもなく、いとも簡単に終わった。


空港のロビーには、浅黒い肌の色をし、やや堀が深い顔立ちの、ロンジーと呼ばれる巻スカートを身にまとった、ミャンマー人男性達が待ち構えていた。


ミャンマー人は、男も女も、老いも若きも、みんなロンジーをまとっている。
伝統衣裳が、過去の物ではなく、現役で庶民に愛されている。


飛行機が一緒だった日本人と、バンを一台チャーターして、ヤンゴン市内に向かった。料金は6ドルだったかな。


そのタクシー運転手は良く喋る人で、ミャンマーでは車が凄く高いと言うことなどを話してくれた。
自分がガイドするので、明日も明後日もこの車をチャータしろという。
料金が一人40ドル?とか高額な事を言うので、全くその気にはなれなかった。

ある公園の近くを通ってるときに、「あっちがアウンサンスーチーの家だ。」と言った様に聞こえた。

すかさず、「どこ?彼女は毎週スピーチしてるんでしょ?聞きに行きたい!」と言ったが、英語が通じなかったのか、話しを反らさたのか、この事への返答はなかった。


アウンサン・ス―チー
この名前をミャンマーで聞いたのは、これが最初で最後だった。


混迷するビルマに咲き続ける、強く美しい花。
アウンサンス―チーさん。

ミャンマーに行ってみて、少しだけど国内を見せてもらって、この国を救いたい、変えたい、と思った彼女の気持ちが分かった。
ゴミだらけ、混乱だらけのミャンマーで、彼女は美しく、強くあり続けている。
凄い事だと思った。

ミャンマーと言う国名は、軍事政権が勝手につけた名前だそうです。

だから、本当はビルマなんだ。

ミャンマーと呼ぶか、ビルマと呼ぶかで、どっちを支援するかが分かるらしい。
私はビルマと呼びたいけど、あまり混乱しないように、ミャンマーにしようと思う。

政治が混迷するミャンマーにおいて、政治的な発言をする事はもっての他らしい。ガイドブックによれば、街角で政治について尋ねようものなら、大変な騒ぎになるとのこと。

だから、彼女の名前を口することも出来ないのだと思う。


車は30分くらい走り続けて、ヤンゴンのダウンタウンへと向かって行った。
by atsuko-sunaoni | 2009-08-21 16:58 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 VISA申請

ミャンマーに入国するのにはVISAが必要である。

面白いのが、瞑想VISAがあると言う事。
通常、観光VISAは1ヶ月で、原則では延長は出来ない。

が、瞑想VISAは、瞑想期間中なら、何年でも滞在が許される。瞑想VISA発行には、受け入れ先の瞑想センターの発行してくれる書類が必要らしい。

実際、瞑想センターで会った日本人男性は、もう7年も瞑想でミャンマーに居るのだと言っていた。

そう、それくらい、ミャンマーでは瞑想が日常的に存在するのです。


で、そんなVISAの存在を知ったのはミャンマーに入国した後。私が申請したVISAはもちろん観光VISAだった。

数年前に、ヤンゴンで日本人ジャーナリストが射殺されて以来、日本人のVISAの申請は少し面倒なものに変わったらしい。

職歴などを申請しないとならない。

そんな事なので、旅行会社が代行申請などは出来なくなり、本人がミャンマー大使館へ出向かないとならない。
それでも、日本でとるより、タイでとった方がずっと楽だと言う事だった。


申請の為に、早朝に起きてカオサンから、バンコク市内にあるミャンマー領事館に向かった。
何故なら、一日の受付人数が決まっており、早く行かないと締め切ってしまうというのだ。


が、現地に到着すると、誰一人並んじゃいない。。。
結局、2時間ほど領事館の門外で待ち、集まった申請者は10人ほどしかいなかった。

後から聞いた話では、数年前からミャンマーの情勢が悪化してる関係で、旅行者も激減したとか。

で、書類を記入して、窓口に提出。
「何をしに行くの?どこへ行くの?」と受付の女性に聞かれる。

「瞑想に行きます。」

っと言うと、話が早かった。受付の女性は何だか嬉しそうにまた言った。
「どこで瞑想するの?」


「ヤンゴンのチャンミメディテーションセンターです。」

っと返した。

受付の女性は
「私、そこ知ってるわ。」と嬉しそうにうなづき、そして、さっくりと書類を通してくれた。


VISAはしあさってに取りに来てねとの事だった。
ガイドブックには即日発行可能とあったが、今は廃止されたと言われた。


そんなミャンマー領事館で、15年ぶりに会った人がいた。
私が中学校一年生の時の担任の男性教諭だった。


一目で彼だと気づいて、声をかけた。
先生は私を思い出せなかった(笑)

昔からアジア好きだった彼は、教職を退き、数年前からミャンマーのお寺で日本語を教えていると言う。ボランティアで。


キラキラした眼差しで、「ミャンマーに行ったらお寺をまわってみて下さい。子供達がいて、日本語を教えあげると喜ぶから」 と。


先生が、やりたい事出来てて、何だか嬉しかった。


さて、タイのバンコクにあるミャンマー領事館ですが、バンコクにあるとは思えぬボロさ。

トイレの便器は壊れ、薄暗く汚い感じ。

そう、ここからすでにミャンマーが始まっていたのです。
by atsuko-sunaoni | 2009-08-21 12:44 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 動機

写真を保存していたiPodが壊れて、ミャンマー、カンボジア、ペナン、タイ、っとまだバックアップをとっていなかった写真が消えた。

まだ少しの望みはあるものの、気持ちはやっと諦めがついてきた。

中でも、ミャンマーの写真は、深い入れがある。ミャンマーから戻ってしばらくは、過酷だった旅を思い出すのも嫌で、写真を見返す事もなかった。

しばらくたって、旅が良い思い出になった頃に写真を見返したら、ミャンマーの素朴で優しい美しさに胸が踊った。

凄い国だ!っと思った。

その直後、iPodが壊れた。。。

旅から戻ってはや3ヶ月もたつのに、未だバックアップをとっていなかった自分が悪いのだが、あまりにも悲し過ぎて、昨日はとうとう夢で、iPodが直った夢を見た。でも現実は壊れたままだった。


そんなこんなで、ミャンマーへの思いがつのり、写真がダメなら文章で残そう!!っと思いたった次第。


ミャンマーに行こうと思ったのは、瞑想がしてみたかったからである。
タイに入ってから、アレルギーが急激に悪化してどうしようもなくなり、こりゃ、私の心を鍛えないと治らん!っと思ったから。

何故ミャンマーまで行く必要があったのかと言うと、私がやりたかったヴィパッサナー瞑想の事を調べていたら、こんな事が分かった。

仏陀が最後に悟りを開いた方法だと言われるヴパッサナー瞑想は、古くは仏教国全体にあったものの衰退して無くなり、ミャンマーでのみ、その瞑想が受け継がれている。っと。

で、今全世界に普及しているヴパッサナー瞑想は、とあるヨーロッパ人がミャンマーを訪れたさいに発見し、普及活動をしたとかなんとか。

ほぅ、では、瞑想するならミャンマーね。っと単純な私はミャンマー行きわ決めた。その時はタイにいたので、ミャンマーはご近所さんだった事もあり、行く事にした。

しかし、調べても調べてもミャンマーの情報は非常に少なく、バンコクで何とかガイドブックを入手出来たの留まり、そのガイドブックも、現地ではほとんど役に立つ事がなかった。
by atsuko-sunaoni | 2009-08-21 12:10 | ミャンマーでの出会い

ナマコなり

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ナマコ、うじゃうじゃの図。
by atsuko-sunaoni | 2009-08-21 10:53 | 奄美大島での出会い