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ふしぎ そら はぶ

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今日は加計呂麻島さいごの夜。


さいごのさいごに、やっとハブに会えた。ハブにあったら、良い事があるんだって。


そして、ふしぎなそら。

毎日見てる風景だけど、毎日感動する。

また来る。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-30 19:17 | 奄美大島での出会い

七夕

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つい数日前が旧暦の7月7日だった。
旧暦が生き続けているこの辺りは、今が七夕。

あちこちの家に飾り付けれた笹が飾ってある。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-28 20:37 | 奄美大島での出会い

こころつかむもの

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風景写真って、見るのも撮るのも苦手だけど、加計呂麻島は美し過ぎて、ついつい撮ってしまう。

いろんな所を旅したけれど、この島の表情ほど、私の心を掴むものはない。

毎日、毎日、何かに感動する。


今日は、大好きな徳浜で、星と月明かりと波の音に抱かれながら、地元の方の島唄を聞いた。


胸にしみたしみた。

三線の音色を聞いただけで、しみてきて、それだけで涙がでた。


この島が持つ不思議な力に魅せられる。

そんな日々。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-28 18:36 | 奄美大島での出会い

ミャンマー記 ー バスに乗ってツー

夕日に照らされる、森の中。

っと言っても、なんだか殺風景で森と言うより、未開拓地と言った方がシックリくる。


その未開拓地の瞑想センターは、広々としていた。
瞑想室を取り囲む様に、修行者が宿泊する為の綺麗なバンガローが、気持ち良い感覚で建ちなんでいる。
それが、道をさはんで男性用、女性用と二つあるのだ。

いい所だなぁ~っと思った。

ヤンゴンに見学に行った際に対応してくれたお坊さんも、森の中のセンターは新しく、バンガローの中にトイレもシャワーも付いていてとても快適だと言っていた。

ちなみにヤンゴンの施設は、入口を入ってすぐに、二階建のミャンマー人用の瞑想室があり、狭い敷地の中に、所狭しとビルが建てられており、外国人様の宿泊施設は4階建てで,一階が女性の宿坊、二階が女性の瞑想室、三階が男性の瞑想室、四階が男性の宿坊、となっている。

出家したセアド(お坊さん)やセアリー(尼さん)も施設内で一緒に生活しているので、男女の区分けはきっちり行われている。
瞑想も食事も宿坊も、男女は絶対に一緒になってはならないのだ。

外国人用の宿坊は、ベッドが二つある個室が10部屋程あり、修行者が少なければ個室となる。

シャワーとトイレは各フロアに共同である。


これだけを比べても、未開拓の施設の方が数段快適である。


こっちで瞑想したいなぁっと思い、受け付けを探す事にした。

その前に、バスの運転手に帰りの時間を尋ねようと、キョロキョロしていたら、一人の女性に声をかけられた。

日本語だった。


バスに乗っていた女性の中に、私が見た目で判断して、二人ほど、日本人だと思われる女性がいた。

そのうちの一人の女性だった。


聞くと、やはり日本人で、チャンミ瞑想センターに来て1ヶ月が経っており、あと数ヶ月は瞑想センターに残って瞑想を続けるらしい。


瞑想中の彼女は本来、人と話してはいけないのだが、久々に日本人に会えて嬉しいらしく、怒涛の勢いで話し続けて、話しがつきなかった。面白い人と出会ったなぁっと思った。

私も彼女から瞑想センターや瞑想についての情報が沢山得られるので、ありがたかった。


その後、彼女と一緒に未開拓地センターで永らく瞑想修行をしていると言う日本人男性に話を聞きに行ったりした。

結局、彼女と喋り通して未開拓地センター(森の中のセンター)の見学は終わった。

彼女はヤンゴンで瞑想をしている。
明日、ヤンゴンのセンターに彼女の通訳さんが来るので、瞑想の相談をすると良いと言う。
そりゃありがたい。

っと言う事で、また翌日にヤンゴンのセンターに出向いて会う約束をした。


帰りのバスの中は、行き以上に賑やかだった。

行きのバスの中も、とても賑やかで、尼さんと言えど、女のコなんだなぁぁっと思ったのだが、帰りは仲良くなった事もあり、私も輪の中に入れてもらってはしゃいだ。


台湾や、インドネシア、韓国から来てる若い尼さん達、そしてミャンマーの人達とを乗せて、バスは賑やかにヤンゴンへと戻って行った。


巨大なパコダがライトアップされて、闇の中で眩しく輝いていた。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-26 21:28 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 タナカ

ミャンマー記 ちょっと息抜き。

ミャンマー人は、タナカを愛用している。
ミャンマー女性のほとんどはタナカを使っているだろう。

使うのは女性だけだと聞いていたが、小さい子供から、たまに若い男性まで、幅広く使われているのを見た。

タナカ。

日本人の名前みたい。


タナカの正体は、化粧品です。
主な効用は日焼け止め。

タナカは木の粉です。

墨汁をする様に、水を少し挿して、スリスリと木を石でする。

そうして出来た物を、顔に塗る。腕にも塗っている人もいた。

ほっぺに丸く塗ったり、四角く塗ったり、人によって色々と個性がある。

小さい子供は、お母さんやお姉さん達の遊びの恰好の的らしく、遊び心たっぷりなデザインで塗られている。


インスタントタナカもある。

ファンデーションの様な形で売られている。それを水でのばして使う。


タナカを塗ると、見た目がどんな感じなのかと言うと、薄い茶色をした泥パックを塗った感じを想像すると分かりやすいかもしれない。

その泥パックをしたまま、外へ出るのがミャンマー流。


で、私もインスタントタナカを購入して試してみた。


まず、水でのばしているので保湿効果がある。日焼け止めとしても良い。塗っていると、涼しい感じすらする。

が、時間が経つと乾燥する。

そんな時には、ミャンマー人はタナカ直しをするのだろうか?


ロンジーを着て、タナカを塗って町を歩く。ちなみにロンジーは、ミャンマーでは毎日着ていた。

まずは、ホテルの従業員が私のタナカに喜んだ。

一緒だ一緒だ、と言う仕草をする。

うん。一緒だね。
っと私もハニカミながら答える。


町でも、すれ違いざまに皆が嬉しそうに笑ってくれる。

ロンジーを着る外国人は居ても、タナカを塗る外国人はあまり居ないのかもしれない。


それにしても、私はアジア各国でなりきりに成功していたのに、なんでミャンマーだけはダメだったのだろか?

すぐに外国人だとバレる。

ロンジーを綺麗に着こなせてなかったのだろうか?

それとも、平和ボケしたところを見抜かれていたのか。。

ミャンマー人の眼力は凄い。


ミャンマー人の身だしなみと言えば、ロンジー、タナカ、バック。

ミャンマー独特の、可愛い形をしたバックがあるのだが、名前は忘れてしまった。


今話題のエコで、超自然派化粧品であるタナカだが、日本にやって来る日は来ないだろうと思う。

見た目が泥パックだからね。


タナカさんが見つけのかな?
疑問がつきないタナカ。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-25 02:07 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 瞑想センター見学 バスに乗って

翌日の昼過ぎ、インドカレー屋で、ネパールで食べて以来の久々のダルバートをたらふく食べ、満腹感と満足感に満たさていれた。

ダルバートの事を簡単に説明すると、わんこカレーである。そう、おかわりし放題。無くなりそうになると、すかさず店員がカレーやご飯などを持って来てついでくれるのだ。
肉はおかわり不可。でも野菜のタルカリ(惣菜)とダル(豆カレー)とご飯はいくらでもおかわり出来る、とても素晴らしシステムなのです。
ネパールにいた時には、山盛りご飯を二回はおかわりしていたものだ。

ミャンマーにはインド系ミャンマー人も目立つ。よって、食事もインド系のものがあるのだ。

食事を済まし、これから瞑想センターに見学に行くのだ。

地図で見ると、チャンミとマハシは同じ通りにあり、チャンミの方が手前にあるので、チャンミから見に行く事にした。チャンミは、ヤンゴンの他に、静かな森の中にもセンターを構えているらしかった。

ダウンタウンからタクシーで20分くらいで到着。タクシー料金は3ドル。高いのか安いのか分からない。


受け付けで、瞑想したい旨を告げた。

すると、受け付けの中年女性が何やら説明してくれるが、何が何だか分からない。

で、担当者を呼ぶから待っていろ っと言っているらしいので、指示された場所で待つ事数分。

あずき色の袈裟を来た40歳を過ぎたばかりくらいのお坊さんが現れた。

非常に英語が堪能なお坊さんで、英語が苦手な私にも分かりやすい英語で話してくれた。

瞑想したいこと、でもヤンゴン市内は騒がしくて嫌だと言うこと、を伝えた。


瞑想について色々と説明をしてくれた。瞑想期間は最低で10日間であると言うことや、瞑想の心得など。


そして、思い出した様に言った。
今日、森の中にあるセンターへみんなで行く予定になっている。バスを一台を出す予定だから、君も一緒に来て見学したらどうかな? っと言ってくれた。

バスはもちろん無料だし、帰りも一緒に乗れば良いとの事。

三時頃にバスは出るので、近くのお寺でも見て時間になったら戻って来なさいと言われた。


なんてラッキーな事だろう。もちろん一緒に行かせもらうことにした。


約束の時間までの一時間ちょっとは、散歩して潰した。

ダウンタウンから離れているこの辺りは、大通りはあるものの、そこそこ静かな上に、衛生面もさほど問題ない。

ヤンゴンも、ダウンタウンを外せばなかなか快適なのかも知れないなっと思った。

しかし、ホテルはダウンタウンに集中しているし、食事や情報収集をするのにも、ツーリストはダウンタウンに宿を取るのが便利だ。
と言っても、ツーリスト自体が非常に少なく、ダウンタウンで見かけたツーリストはヨーロッパ人数人だけだった。


約束の時間、チャンミに戻った。

中ではまだお経が読み(唄い?)あげられており、出発までまだ時間がかかると言われたので、木陰で待つ事にした。

私が暑そうにしていたら、隣に座っていたおじさんが何も言わずに、スッと、自分が使っていたウチワを私に差し出してくれた。
それは、ごく自然に、当たり前の事の様だった。


ミャンマーのお経は可愛いらしい。

みゃ~!みゃ~!みゃ~!

な~む な~む な~む…

これが私のお気に入りフレーズだ。
あとは何を言っているのかさっぱり聞き取れない。
唄い、語る様にお経を読む。非常に心地良い。瞑想期間は、夕方に読まれるこのお経を聞くのが毎日の楽しみだった。


午後4時もまわったころだったろうか。やっと出発となった。

バスは女性だらけだった。沢山の尼さんと、瞑想修行者と、少しのお坊さんと男性が乗った。
男と女が隣り合ない様に座っていた。
満員のバスが出発した。

通路を挟んで私の隣に座っていた40代くらいの女性が、バスの前方に向かって、ずっと手を合わせて、頭を下げていた。

後で知ったのだが、このバスの一番前に、チャンミセアドが乗っていたのだ。
つまり、チャンミメディテーションセンターのトップだ。
とても偉いセアド(お坊さん)だと言う事だった。

そんな事は知るはずもなく、私は遠足気分だった。
一時間半は走ったであろう、殺風景な森の中のセンターに到着した。


辺りは、夕日で赤く木々が色づいていた。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-24 00:45 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 オーナー夫人と瞑想センター

ホコリだらけのヤンゴンのダウンタウン。その中心地にはパコダと呼ばれる、仏教の仏搭がある。

ダウンタウンだけじゃない。ヤンゴン市内にも無数のパコダがある。

そしてミャンマー全域にも数えきれないくらいにある。

ミャンマーは、敬虔な仏教国だ。


パコダの数には驚いた。

が、凄いのはパコダの数だけじゃない。

宿のオーナー夫人は、若くて、スッゴク綺麗。頭も良い。おまけに英語がペラペラ。

ミャンマーに到着して3日目の昼さがり、彼女に、チャンミメディテーションセンターと、マハシメディテーションセンターの場所を尋ねた。

この二つのセンターは、ミャンマーで瞑想した日本人が書いたホームページを、日本にいる友人が教えてくれて、そこで紹介されている6箇所くらいのセンターから、私が良さそう所を選んだものだ。


オーナー夫人は、私が瞑想しに行くと知ると目を輝かせた。

オーナー夫婦は、年に一度、夫婦揃って山奥にある瞑想センターに行くのだとか。

そこはPar Awakと言い、とても素晴らしから、時間があるなら是非行って欲しいと言って、そのセンターの紹介DVDまで見せてくれた。


が、瞑想は10日しか出来ず、そこへは行けないかも知れないと告げると、私がお願いした瞑想センターの住所を、タウンページみたいな本で調べ始めた。


そして、ヤンゴンだけで、こんなに瞑想センターがあるのよっとタウンページらしきものを見せてくれた。


そこには、瞑想センター というカテゴリーがあり、数えきれないくらいの名前が載っていた。


パコダも多いけど、瞑想センターも多いのだ。


外国人を受け入れてるセンターはそのごく一部で、瞑想センターはミャンマー人の為に存在しているのだ。


タクシー運転手は英語が通じない場合があるため、オーナー夫人は、私のノートに、チャンミ、マハシ、そしてAwakの住所と電話番号を、ミャンマーと英語でそれぞれに丁寧に書いてくれた。


その翌日、マハシとチャンミへ見学へ行こうと決めた。

二つを見て、良いと思った方にしよう思い、私は暑いダウンタウンへと散歩に繰り出した。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-22 16:35 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 ゴミの中のダウンタウン

空港からチャータしたバンは、とあるゲストハウスの前に止まった。

そこがバンの運転手と契約してる宿なんだろう。

ガイドブックにも出てる所だし、とりあえず中を見せてもらう事にした。


部屋を見て、愕然とした。光の入らない、刑務所の部屋みたいだ。薄暗く、壁は汚れて、ベッドもなんだか寝たいとは思えない。

それで料金は13ドルくらいだった。

タイで、ネパールで、インドネシアで、マレーシアで、カンボジアで、それだけだしたらホットシャワーにクーラーもついてかなり快適な宿に泊まれる。

と、過去に行ったアジア各国と比較する。

と、そこに泊まるのは馬鹿馬鹿しくなるものである。

当然、その宿はパスである。

重たい荷物を背負い、宿を出る。


ここからが、第一の試練の始まりだった。

風がなく、でもホコリが舞い、排気ガスも充満する灼熱のダウンタウン。

車の上に、干からびたネズミの死体がある。

それだけで、私を凹ませるだけの要素が十分にあった。

そんな街中を、歩けど歩けど宿が見つからない。

街の人に声を掛けても、皆、中級ホテル以下の安宿など知っている気配もない。
客引きも居ない。。

どうなっているんだ、この街は。。暑さと空腹と不安に襲われながら、重たい荷物を背負いさまよい続けた。

しばらく歩いて、やっと客引きらしい男が現れた。


選択肢は無い。彼について行くのみだ。

幸運な事に、彼はちゃんとした客引きだった。

4件近く安宿を見せてくれた。

宿はいずれもビルの三階や四階部分にあり、荷物を背負い階段を昇るのが本当にきつかった。
しかも階段や踊り場は、信じ難いほどに汚い。汚物にまみれていた。


そんな思いをしてまで行く宿も、一軒目と同様に価格に納得がいかない。


最後の一軒を目指して階段を登っていたら、私の中で何かがキレた。

「もう無理!歩けない!」
と、誰にでもなく怒りを吐き出した。


最後の宿は、料金は12ドルと、今までで一番良心的だったので、もう動けなくなった私はその宿で手をうった。

結局、二時間くらいは宿を探して歩いたと思う。

部屋に入る。
まぁまぁ日当たりもある。

窓を開けると異臭がする。
窓の向こうは、おぞましいごみ溜めがあるのだ。

見ない。知らない。ごみ溜めなんてない。と言い聞かす。

シャワーを浴びる。お湯が出ない。

クーラを付ける。
動かない。

窓を開ける。
臭い。

踏んだり蹴ったりだ

ヤンゴンはここ数年、深刻な電力不足で、昼間のクソ暑い時に停電している。

かと言って外に出れば、排気ガスとホコリまみれで、瞬く間に疲れて、全身もホコリまみれだ。
ちなみに、洗濯すると水が真っ黒なる。
本当にキツイ。。


何故停電するのか?
聞いた話しでは、風水好きな大臣が居て、ヤンゴンは風水的に良くないと言う事で、首都を別の土地に移してしまった。
で、電力をそちらに持って行ってしまったので、ヤンゴンは停電になるのだとか。

もう、むちゃくちゃだ。


それでも何とか気を取り直して、街へ繰り出す。


ビルとビルの隙間には、どろどろに溶けて恐ろしい状態と化したごみ溜めがある。

街全体は、ホコリっぽく、建物も道路も茶色に見える。


車が沢山行き交い、人々は暑いと言うのに颯爽と歩いている。ミャンマー人は姿勢が良く、大股でさっさと歩く。

道はガタガタで、足元を見ていないと、今にも転びそうだ。

そんな路上は、庶民の生活の場だ。


ホコリだらけの路上には、夕方になると無数の屋台が出る。

小さい椅子と、小さい机が路にズラリと並ぶ。


食事はその土地の人々と同じ物を食べたい私は、もちろん、路上の店で食事をとる。

沢山のおかずが並ぶ。インドカレーみたいのから、野菜炒めや、魚や肉やら。

その中から好きなおかずを選び、ご飯は炒めたものか、白い飯か選べる。

味は。。

美味しい。

複雑な味が調和して、本当に美味しい。
何より、どこの店でも熱いお茶が飲み放題。

店はだいたい家族で営んでおり、接客は小さい子供が笑顔でこなす。

お茶が無くなれば、言わなくてもすぐに持って来てくれるし、何から何まで、気持ち良く食べられるように細部にまで気をつかってくれる。

どこの店でもそうだった。

ドーナツ屋では、ドーナツに付ける蜜を私が持てないので、食べる私の隣で、嬉しそうに蜜を持ち続けてくれた。


同じ物を食べる。
それは凄く大事な事で、そこから庶民の生活や人を垣間見る事が出来る。

ミャンマー程、それを感じた所はなかった。


ちなみに、他に路上で食事をとるツーリストを見た事は一度もなかった。

衛生面、健康面を考えると、それも正しい判断だと思う。

とにかく、汚いのだから。


何故、ミャンマーの宿代は高いのか?


後で知った事だが、宿代の半分は、税金として国に取られるのだそうです。


宿の人々は、チェックインの際に必ずパスポートをチェックする。台帳には、パスポート番号や期限など、細かい記入をさせられる。

みんな、ちゃんと税金納めてるんだな。

ミャンマー政府は、至る所でツーリストから税金を取ります。

当然だとも思うけど、それが軍事に使われちゃうのかな?

何だかなぁ。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-22 04:06 | ミャンマーでの出会い

ひとやすみ

昨日から、私の親指は、私の体の中で一番運動をしている。

そして、キーを打つ速度はすんごい早い。頭で考える速度とそう変わりなくキーを打つ。私の中で一番優秀な部分だ(笑)

昨日は私の誕生日だった。やっと三十路になって、何だかほっとした。


今まで、自分が二十代であることに抵抗があったから(笑)


誕生日は、大好きな加計呂麻島で、居候先の皆に温かく祝って頂いた。

幸せなスタートだ。

加計呂麻島と私とは相性が良いと勝手に思っている。

ここへ来ると、必ず素敵な出会いがある。

そして、ここでは凄く素直な自分でいられる。

1ヶ月近く素直に過ごしていたら、凄くゆっくりだけど、物事が何でも良い方向に向かって歩き出した。本当に不思議に思うくらいに。


素直になれば、分かってくれる人がいた。素直になれば応援してくれる人がいた。

やっぱり、素直にが、一番大事だ。

ヘソ曲がりな私が一番苦手な事だけど、素直になりたいなぁ。

三十路も、素直にを胸に刻んで、楽しく毎日を過ごして行きたいなぁ。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-22 02:35 | 奄美大島での出会い

ミャンマー記 入国

ミャンマーに入国するには、一つしか方法がない。

それは空路。

陸路は閉鎖されているのだ。

タイとミャンマーの国境の町、タチレイから陸路で行けると言う話もあるが、あの町はツーリストにとっては基本的にはタイからのVISAラン(VISA延長手続き)用にあるのだ。

タチレイからミャンマー国内に入るには、入国管理にパスポートを預けて、期限付き、かつまたタチレイに帰って来ないと行けないと聞いた。

しかし、ツーリストがパスポートを持たずにミャンマー国内を移動するのはまず不可能なので、やはり陸路は無いと思った方が良い。


貧乏旅行者の強い味方、エア・アジアでバンコク→ヤンゴン行きのチケットを取った。

価格は、確か90ドルくらいだった。


往復を買うか迷ったが、予定が未定だった為と、エアアジアはネットで簡単にチケットが購入出来る為、ミャンマーで買えば良いと言うことに納まり、片道だけ買った。

この片道切符が、最後の最後に私を苦しめる事になるのだった。


早朝、カオサン発のエアポートバスに乗って、朝7時頃の便でヤンゴンに向かった。
フライト時間は一時間もなかった様に思う。


飛行機から降りて、まず驚いた。

飛行機から、空港へと私達を運んでくれるバスが、日本の路線バスのお古だったからだ。

行き先の表示から、外装内装も全部元のままで、降りる時の押しボタンもそのまま。全てが日本語表示。

まさかまさか、こんな所で故郷日本に会えるとは。

空港から、こんな感じなのである。

ミャンマーで走っていたバスの99%くらいが日本のお古だった。私の実家の辺りのバスも、ミャンマーで走っているのを目撃した。とにかく、日本全国で廃棄となったバスがミャンマーで大事に使われていた。

行き先に、「吉祥寺」とか書いてあるから面白い。


空港の建物は、最近建てられたらしく、どうもバンコクの空港を意識した近代的な建物だった。

ミャンマーで見た、近代的で綺麗な建物は、後にも先にも、この空港だけだった。

入国審査管は、意外な事に女性ばかりで、荷物チェックもなく、いとも簡単に終わった。


空港のロビーには、浅黒い肌の色をし、やや堀が深い顔立ちの、ロンジーと呼ばれる巻スカートを身にまとった、ミャンマー人男性達が待ち構えていた。


ミャンマー人は、男も女も、老いも若きも、みんなロンジーをまとっている。
伝統衣裳が、過去の物ではなく、現役で庶民に愛されている。


飛行機が一緒だった日本人と、バンを一台チャーターして、ヤンゴン市内に向かった。料金は6ドルだったかな。


そのタクシー運転手は良く喋る人で、ミャンマーでは車が凄く高いと言うことなどを話してくれた。
自分がガイドするので、明日も明後日もこの車をチャータしろという。
料金が一人40ドル?とか高額な事を言うので、全くその気にはなれなかった。

ある公園の近くを通ってるときに、「あっちがアウンサンスーチーの家だ。」と言った様に聞こえた。

すかさず、「どこ?彼女は毎週スピーチしてるんでしょ?聞きに行きたい!」と言ったが、英語が通じなかったのか、話しを反らさたのか、この事への返答はなかった。


アウンサン・ス―チー
この名前をミャンマーで聞いたのは、これが最初で最後だった。


混迷するビルマに咲き続ける、強く美しい花。
アウンサンス―チーさん。

ミャンマーに行ってみて、少しだけど国内を見せてもらって、この国を救いたい、変えたい、と思った彼女の気持ちが分かった。
ゴミだらけ、混乱だらけのミャンマーで、彼女は美しく、強くあり続けている。
凄い事だと思った。

ミャンマーと言う国名は、軍事政権が勝手につけた名前だそうです。

だから、本当はビルマなんだ。

ミャンマーと呼ぶか、ビルマと呼ぶかで、どっちを支援するかが分かるらしい。
私はビルマと呼びたいけど、あまり混乱しないように、ミャンマーにしようと思う。

政治が混迷するミャンマーにおいて、政治的な発言をする事はもっての他らしい。ガイドブックによれば、街角で政治について尋ねようものなら、大変な騒ぎになるとのこと。

だから、彼女の名前を口することも出来ないのだと思う。


車は30分くらい走り続けて、ヤンゴンのダウンタウンへと向かって行った。
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by atsuko-sunaoni | 2009-08-21 16:58 | ミャンマーでの出会い