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インド あぁ、インド

インド行きが消えそうです。
バスで6時間も行けば、インドに行ける所にいますが、インド目前でね。。。

ムンバイでテロが起きている事は、友達からのメールで知りました。
その後、街中のテレビでチラッと状況を見ましたが、大変な事になっている、、っとは感じていました。私がいるポカラにはインドから来た人、そしてインドに向かう人がたくさんいます。
彼らの情報からして、「行けるな」っと読んでいたのですが、、、。

今まで私の暴走を何も言わずに見つめ続けてきた父が、とうとう言いました。
「インドには行くな!」っと。。。。
今まで、私がどこに行こうが何をしようが笑顔で受け流してきてくれた父が、
どうやら真剣なおももち。。。この警告を無視したら、きっと親子関係にひびが入るんだろうな。。

とりあえず、あと1ヶ月はネパールにいる事にしました。
今日でネパール滞在まる1ヶ月がたちました。
昨日ビザ延長の手続きに行ったら、「今日は終わった」っと一言。。。。。
「なんで~!!」っと文句を言ったら、看板を見ろという。。。
そこには、10時~12時 っと書いてある。。。時は13時。。。
12時までなんて、酷い。酷すぎる。。。
それにネパールは土曜日が休日なので今日はイミグレーションはお休み。明日行くことに。。
私のビザ期間は今日まで。
でも、ビザ期限内に手続きしないと一日2ドルの追徴課税。。。
「2ドル払いたくない!」っといったら、「ノープロブレム」っと言っていたが、本当だろうか。
あした、窓口でもめないといいなぁぁ。。。
2ドルあれば、美味しいもの食べられるからね~☆

ポカラは良いところです。本当に凄い良いところ。
前評判も凄く良かったので、期待してきたのですが、期待以上。
夕暮れ時、ティーを飲みながらホテルのバルコニーから町並みを眺める日々。
食器を洗う人、洗濯ものを取り込む人、人の家を覗く人々、毎日同じ時間に同じ道を通っていく水牛2頭、手作りブランコで遊ぶ親子、焚き火の回りで踊る子供、、、、、、。
それはそれは、本当に幸せな時間で、「ああ、、このまま一生過ごしたい。。」っと本気で願ってしまうほど、心温まる光景が見れる。
そこにいるだけで、なんだか幸せになれる。

ネパールは1ヶ月の滞在だけではもったいない。
2ヶ月いても、足りないかも。
そんな予感がしています。だって、、、またトレッキングにでたら、それだけで半月は使ってしまいますから、、、。年越しは、ネパールな予感の今日この頃。

インド、いきたいな。

でも、ネパールに来てから、出会う人出会う人皆に「インドはやめておけ」っと言われていたし、テロだし、、、。まだまだチャンスは伺っていますが、今は時期じゃないのかなっとも思ったり。

そんなポカラでの日々。
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by atsuko-sunaoni | 2008-11-30 02:12 | ネパールでの出会い

カメラがなおった☆

いやぁぁ~、、良かった。。。。

買いなおしまで考えていたレンズが、あっけなく直りました☆

チトワンにいるとき、珍しくレンズ掃除なんてしていたら、なんか根元がグラグラして、「あれれ?こんなだったけ?」なんて思いながらも使っていたら、みるみるグラグラが増し、とうとうレンズが壊れた。。。あらら。。。大変。。レンズが二つに分かれてしまった。

で、ポカラに来てからカメラ屋を回って修理できるか聞いて回るも、カトマンズへ行けとか、レンズを買いなおすしかないとか、そんな事ばかり。。。

で、宿のオーナーに相談してみたら、「ああ、バザールの方に行けば出来るよ。」
っとあっさり。

で、今日のお昼にオーナーにそこに連れて行ってもらった。

なにやら、どこの修理屋が直せないものでも、
その人の手に掛かると簡単に直ってしまう。っと言うカメラ修理の達人がいるのだとか。

あちこちで彼の店を聞いて回って、ようやく店に到着。
路地から奥まった所にある、うすぐらーーーい店。
秋葉原なんかに良くあるタイプの、ごちゃごちゃとした感じ。
そこにごついロンゲの男が座っている。

早速レンズの分解が始まり、ハンダで鉛を溶かして、、、蓋をとって、、、ネジとって、、、
へぇ、、レンズの中ってこうなってたのね~!なんて感心してしまった。
で、出た修理代の見積もりがなんと6500ルピー。。。。。日本円にしたって、1万円近い高値。
「うーっぷ!高い。そんな馬鹿な!何を修理するって言うのだ?」っとたずねると、どうやら中の配線が痛んでいるから、これを取り替えなくちゃ駄目だね。なんて言っている。

そんな事に騙されるほど、私は馬鹿ではないよ、、君。。。
天下のキャノン様の配線が、たかが1年で痛むなんてありえないわ。。
「レンズは今朝も正常に動いていて、配線は問題ないはず!!私はこのガタガタだけをどうにかしてほしいのだ!!!6500ルピーなんて払えないから、配線はいじらないでガタガタだけ直してください!」っと6500ルピーを拒否してみた。
そしたら、意外とすんなり合意。でも3500ルピー払えと言う。
2000ルピーでとお願いしたが、3500じゃないと修理しないと言う。。

彼がやってくれなきゃ、カトマンズに行くしかない。。。。
それにカトマンズならもっとボッタくりに合うに違いない。。。
っと言うことでシブシブ3500で同意。。。

2時間後に取りに来いと言われた。
でも1時間後に行ってみたら、もうとっくに修理が終わってた。
こんな簡単に直るなんて、絶対に、、、ネジ1本外れてただけに違いない。。。
なんてまだ3500ルピーを根にもちつつも、レンズをチェック。

あら、、なんなら、修理前よりも精度が上がっているのでは??
っと思えるくらいバッチリ直っている。
さすが、カメラ修理の達人の仕事である。

それでも一応、「3000じゃ駄目?」なんて最後の最後まで値切るも、通用せず、
約束どおり3500ルピー払い、挙句には握手までして、「アイムハッピー♪」なんて愛想を振りまいて店を出た。

いやぁぁ、、本当にハッピーーーー♪
カメラが壊れてからのここ数日、魂が抜けたかの様な日々でした。
ようやく、大事な相棒が私の左側に帰ってきて、気分はルンルン♪
嬉しくて、ついつい気持ちが大きくなり、帰りのバス代のおつりを車掌がくれなかったが、
普段なら「おつりくれ!!!」っと騒いでいるところを、今日は 「いいよいいよ。10円くらいあげるあげる♪」っと車掌の小さな悪事も笑顔で見逃す。
それくらい嬉しい~♪

レンズの買いなおしまで検討を始めていたので、3500ルピー(約4500円)で直るなんて思ってもみなかった☆

いや~。。。久々にゆっくりと眠れそうです☆

達人、ありがとう~☆
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by atsuko-sunaoni | 2008-11-28 00:12 | ネパールでの出会い

チトワン国立公園 そして ポカラ☆

昨日から、ポカラへきています。

18日の夜からおかしかった喉が、ここへ来て更なる悪化を見せ、昨日の夜は一睡もできないくらい咳が出ました。朝方、ようやく眠りに着いた、、、っと思ったら、

ドンドンドン!!「オハヨーゴザマス!」っと宿の主が起こしにやって来た。。。
さすがネパール人。親切である。。。。

さらに、もう一度落ちかけたお昼ごろ

ドンドンドン!!「スミマセーン!タイチョウワルイノ?ビョウインイク?」っとまたもや主。
さすがネパール人。親切である。。。

そんなこんなで渋々と体を起こして町を徘徊。

カメラのレンズが壊れてしまって、上と下の二つに別れてしまった。。修理先を探すも、
みんな決まって「カトマンズへ行け」っと言って修理してくれず。。。ぐずん・・・。
カトマンズといえども、適当なネパール人に大事なレンズを預けて大丈夫なのか、
とっても不安な今日この頃。

それにしても、私は大きな勘違いをしていました。
ポカラでインドビザが取れると思っていた・・・。
で、、、地球の歩き方を今朝読んでいて、カトマンズでしか取れないと知った。。。
ええええ~!!!!!そんなぁぁ~!!っである。
あの排気ガスだらけの町から逃げるようにポカラへ来たのに。。ええ。。。

結局、カメラのレンズ修理もしなければいけないので、カトマンズへ戻る正当な理由が出来て良かったよと言えば良かったのですが。
うまくて安い日本食を食べられるのが、カトマンズに戻る唯一の楽しみであります。

さて、チトワン国立公園では、エレファントライド、カヌー、ジープライド、ジャングルウォークなどなどをして来ました。2泊3日の予定でしたが、エレファントライドがあまりに楽しかったので、1日延長してエレファントライドをもう一度やって着ました。
ぞうさんの背中に乗って、2時間もジャングルを歩くのです。
それはもう、楽しかった。それ以外のアトラクションは、「へぇぇ。ふーん。」程度で、やってもやらなくても良いと言った感じでした。

ある意味最もエキサイティングだったのが、ジャングルウォーク。
宿のオーナー兼ガイドのやる気のな~い男と二人でジャングルを歩く。
彼はなにやら竹の棒を持っているが、まさか、、それだけで私を守れるのか?!!!
っと突っ込みたくなる。
まずはカヌーでワニを探しながら川を下るのも、見れたのはたったの2匹。。。
エレファントライドでは5.6匹見ましたが。。。。みたいな。。
そして、いよいよウォーキング開始!っとその前に注意事項を聞けという。
やる気のない英語で、「えーーっと、もしジャングルのなかで危険な野生動物にあったら、逃げてくださ~い。たとえばサイ。サイに会ったら木に登ってくださ~い。それも6フィート以上上にね~。。もし木が無い所だったら、ジグザグに走ってくださ~い。彼らは足が速いからね~~。あと、もし虎にあったらね、それはラッキ~。彼らは夜行性だからね~。」

。。。。。。。絶句・・・・。

ちょっと~!!!その竹の棒は、ただの飾りじゃないか~!!!
っと怒りたい気持ちを抑えて、靴の紐をきつく締めた。
いつでも走り出せるように。。。。

結局、動物に会えたらラッキーと言うくらいに動物が居なかったので、走ることもなく無事に終わったが、この旅始まって以来、初めて冷や汗をかいた経験だった。

ちなみにそのオーナーが経営する宿には、3日間お客は私だけでした。。。。
なので、オーナーの監視が厳しく、朝も ドンドンドン!「オハヨーゴザマス」っと起こされ、
少しでも帰りが遅くなれば「君が帰ってこないから、心配して2度も町の中を探しに行ったよ~」っと言われる。一人で来ていると言うと色々と面倒なので、彼氏が一緒だけど、彼は先にポカラに行ってると適当に言ったもんなら、彼は何処に泊まっているのか?彼に連絡はしたのか?などと毎日しつこく聞かれる。
さすがネパール人。親切である。。。。

というか、、ほっといてくれ。。。


そんなこんなで、体調不良をここポカラでどうにか治し、またあの排気ガス地獄のカトマンズへ再び行く心の準備を整えようと思います。
その前に、ポカラで日帰りトレッキングでもしようかな~っとも思ってみたり。

それにしても、ここネパールは毎日計画停電があります。
毎朝5時位から7時くらいまでと、毎晩18時くらいから21時くらいまで。。
この夜の停電が問題です。
ご飯食べて、明日の計画でも立てながら部屋でまったりしたい時間なのに、
部屋の中は真っ暗。。。
ロウソクの灯だけでは何も出来ず、とりあえず寝てみる。
で、気づいたら朝。。。そんな日々。。。
高級ホテルなら自家発電があるけど、私が泊まる安宿にはそんなものはない。
今は、自家発電があることを確認済みのネットカフェで時間つぶし中、、、。

そんなネパールは、この停電中の電力をインドに売っているとの事。

なるほど、、それで18時~21時と、一番電力が必要な時間に停電なのね。。
っと納得いくようないかないような・・・。


そんな今日この頃。
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by atsuko-sunaoni | 2008-11-26 21:27 | ネパールでの出会い

カラパタールから帰って来ました☆

無事にトレッキングを終えて帰って来ました。

カラパタールの感想・・・・・・「もう二度と行きたくない!」 です(笑)
だって、とっても辛かったのさ。。。。
高山病は幸いにも一切でませんでしたが、空気が薄いと、熟睡できないし、思考回路も落ちる。
そして何よりすごく寒かったのが辛かった。
10日間以上もお風呂に入らないのも、初めての経験だった。
全てが、一生の思い出に残るすばらしい日々でした。

11/6 カトマンズ→ルクラ(2804M)→Nurninghat(2492M)
11/7 Nurinighat(2492M)→ナムチェバザール(3440M)
11/8、9 ナムチェバザールにて高度順応(9日はガイドが来なかったので仕方なく停泊)
11/10 ナムチェバザール(3440M) → タンボチェ(3867M)
11/11 タンボチェ(3867M) → ディンボチェ(4350M)
11/12 ディンボチェにて高度順応
11/13 ディンボチェ(4350M) → ロブチェ(4930M)
11/14 ロブチェ(4930M)→ カラパタール(5545M) → ロブチェ
11/15 ロブチェ(4930M) → ディボチェ(約3800M)
11/16 ディボチェ(3800M) → ナムチェバザール(2492M)
11/17 ナムチェバザール(2492M) → ルクラ(2804M)
11/18 ルクラ → カトマンズ

今回のトレッキングは、本当に本当に濃い濃い日々だった。
カトマンヅからルクラ行きのフライトが天候不良で2日間も飛ばなかったことから始まり、
最後は途中で出会って、一緒に登っていた仲間が高山病になり、意識はほぼなし、歩けない状態の仲間を高度4930メートルから3800メートルほどの地点まで、10時間かけてみんなで支えておりたり。
もう本当に、10年分の喜怒哀楽が詰まった13日間だった。

「良いガイドを紹介する」からと、一緒にナムチェまで行ったおじさんが、結局ガイドを紹介してくれなくて、結果的には、おじさんのペースに巻き込まれて、スケジュールを大幅に乱される結果となった。カトマンズ空港から一緒になり、私と同じくおじさんにガイドを紹介してもらうはずだったKちゃんは大激怒し、私にもその怒りは飛び火し、絶交宣言をされた。その上、翌日私が自分で探したガイドはこなくて、絶交宣言されるは、おじさんは無責任に姿を消すは、ガイドは来ないはで、自分が情けないやら、悔しいやらで泣きながらナムチェの町に飛び出て、一人でガイドを探した。その数日間は言葉では言い表せない、いろんな事がありすぎて、丘に登って一日中涙にくれました。

トレッキングはそんなこんなして、涙で始まりました。

翌日、ガイドがちゃんと来たのでナムチェを出発。
道中でその後ずっと一緒に歩く事になる仲間達と出会う。
みんな日本人で、一人で来ていて、そして若い。
カラパタールでのトレッキングには、最低でも3週間程の休みがないと来れないので、
きている日本人と言えば、その99%ほどが定年退職後の方々ばかり。しかもツアーで。

そんな中で、私達は偶然にも出会い、一緒に歩きはじめました。
32歳、新婚の鈴木さん。32歳、ロマンチストの佐藤さん。 40歳 山男のKさん。
そして途中まで一緒だった 36歳 多才でやり手の小嶺さん。
そして、ディンボチェからお世話になったツアー客を率いて来ていた某ツアーのガイド、Mさん。男ばかりの中に、私一人。

みんなで馬鹿な話をしながらのんびりと歩いた日々は、ナムチェで傷だらけになった私の心に元気をくれました。毎晩毎晩、みんなで楽しく夕食タイムとおしゃべりをできたことも、とても良い思い出です。

高度4350Mのディンボチェから4930Mのロブチェまで行く日、ただでさえ高所でのトレッキングは辛いのに、こともあろうか、私は食当たりになり、腹痛を抱えながら歩き、限界が来ると岩陰に走り込んで用を足す。。。そんな私を全員が心配してくれて、Kさんは常に私の後ろを歩いてくれて、先にロブチェに着いていたメンバーは迎えに来てくれた。
某ツアーのガイドMさんは、ツアー用のポカリスエットの粉末と、ウィダーインゼリーを沢山くれて、絶食するようにとアドバイスをくれた。

そして、私が雇ったガイドについて、みんなが怒っていた。
さすがの私も怒っていた。
なぜなら、体調の悪い私をおいて彼はさっさと歩いて行ってしまっていたから。
ガイドは通常、お客さんと一緒に歩き、サポートするのが普通である。
彼はガイドというよりも、ポーターと言う方が正しい仕事振りだったが、給料はかなり高いお金を払っていた。

そんなこんなで、4930Mの地で私はガイドをクビにする決意をした。
彼を外に呼び出し、クビを宣告。
残りの日数の給料を払えといちゃもんをつけてくるガイドに、私はぶちっと切れた。
日払いで契約している上に、自分がちゃんと仕事をしなかったのに、その態度はなんだ!!!
お金の事ばかり言ってないで、少しは私の気持ちを考えろ!
あなたはもう必要ないし、二度と会いたくない!!!ガイドの勉強してから出直せ!
などと怒りで流暢になった英語で相手を追い詰めるも、むこうも引かない。
そこに某ツアーのガイドM氏が登場。
20分ほどもめただろうか、それでも彼を説得してくれた。

もう10年以上ネパールを案内していると言うM氏いわく、
「あんな最低のガイド見たことないよ。」との事・・・。

最初のおじさんの件と言い、最低ガイドの件と言い、「ババくじ引き女」と皆から言われる(笑)
その後もババくじ女は至る所でババくじを引き、皆の爆笑ネタとなったのである。

翌日、朝4時にロブチェを出て、カラパタールへ行きました。
Mさん率いる某ツアーの後をくっついて行かせてもらった。
道がわからない私達の為に、Mさんのご好意でそうさせてもらった。
鈴木さんと佐藤さんと私の3人で、ひたすらあとを付いていく。
Kさんは、体調が悪いからと今日のトレッキングキャンセル。
寒い寒い。。。どれくらい寒かったかと言えば、腰から下げていた水筒の中身が凍ってしまったくらい。下痢もまだ残っていたので、ふらふらになりながら永遠と歩いた記憶しかない。

ゴラクシェプについたのが10時くらい。5000M超えしたゴラクシェプから、さらに400メートルほどの山、カラパタールの山頂を目ざすのですが、辛いいつらい。。
結局休み休み、2時間くらいかけて登る。
狭い狭い山頂は風が強いし、寒いし、空気薄いしで、生命の危機を感じる。。
でも、カラパタールの山頂から見るエベレストにはとても感動した。
これを目指してきたのか~・・・・っと、、薄い意識の中で、取りあえず写真だけはと、シャッターをようやく押す。

そうこうして、私のカラパタールを目指すトレッキングは、あとは一気に下るだけ、空気が濃くなる一方の比較的楽な工程が残っているだけ。。
。。。のはずだった。。。。

11/15、今日は下り初めの初日。一気に5000Mから3800Mほどの地に下るだけ。
といっても、登っては下り、登っては下りが続くので、肉体的にはきつい。。
朝6時、kさんが一人でカラパタールを目指すといって出発するのを、寝袋の中から見送る。
前日から体調が悪かった小松さんのカラパタール行きは、全員が心配していたが、個々で来ている私達には、彼を止める権利も説得力もなかった。

朝7時、「Kさん行ったね~、大丈夫かな?」なんて佐藤さんに聞くと、「Kさん、戻って着たよ。今日君達と一緒に下山するって」っと言う。詳細を聞くと、出発してから10分ほどで、転んで帰ってきたと言う。

Kさんを見ると、全身濡れで、ぶるぶる震えている。
暖かいお茶をあげても、飲む力もない。話もできない。
急いでツアーガイドMさんに報告。Mさんが駆けつけて、着替えをくれる。
それを鈴木さんが手伝って着替えさせてあげる。
そして、本来ならヘリコプターを要請するくらいに状態が悪いとMさんに言われた。
しかし、Kさんが保険に加入していないため、ヘリを呼べない・・・。
ヘリ代と入院費で50万円はかかる。その費用の負担を、本人が拒否しているので、
ヘリは呼べないと。本人が歩ける状態だと言うので、歩いて降りるしかないと。。。

そして朝8時から下山開始。
一人でカラパタールとベースキャンプを目指すと言う佐藤さんと、全員でロッジの前で記念写真をとって笑顔で別れる。

そしていざ、鈴木さん、Kさん、私の3人で下山開始。5Mほど歩いたところで、Kさんが転倒・・・。そして起き上がれない。「Kさん、歩けないの?」の鈴木さんが聞くと うん とうなずく。

私と鈴木さんは顔を見合わせて、唖然とした。
さっきまで、「大丈夫大丈夫」っとKさん本人が言っていたので、私達はそれを信じていたが、それは彼の強がりで、事態は想像以上に悪く危険な状態だったのだと察知。。。
鈴木さんは瞬時に、先に出発したMさんに報告に行って助けをもらいに行くと判断。高度5000M近くある地で、鈴木さんはMさんを探しに走り出した。

残されたは私は、とにかくKさんを支えて歩きながら、彼の状態を探った。
10M歩いては、とまって水を飲ませてあげる。自力では歩けないし、水を飲むこともできない、話もできない、かなり重症だった。水を飲ませてあげると、少し状態が軽くなることがわかった。1.5Lあった水はすぐになくなり、通りかかったトレッカーに声をかけては水をもらうことを繰りえした。途中、医者だと言う日本人女性に出会い、Kさんの血中酸素濃度をはかる。数値は46.。。。とても危険な状態だと言うことだった。
最低でも、70は無いといけない地で、46.。早急に診療所につれて行かないと危険だと言う。
ちなみに、その地での私の血中酸素濃度は85。かなり優秀な数字だそうです。

2KMほど行ったところで、Mさんのツアーのシェルパが手助けの為に来てくれた。
彼と一緒にKさんを支えながらさらに2KMほど行った所で、助けを呼びにいった鈴木さんが待っていて合流。そこからさらに1KMほど進んだとき、Mさんが、重たい酸素ボンベを抱えて、凄い勢いでこちらへ走って来た。行きに、私が数時間もかけて登った丘を、かれはホンの数十分でかけあがってきた。

そしてKさんの状態を見て唖然とし、「こんなに悪かったなんて。。。」っと愕然とした様子だった。
早速酸素吸引を開始。Kさんの意識が見る見る回復した。
酸素ボンベをつけながら、皆で支えながらKさんを4252Mにあるペリチェと言う診療所があるところまでおろした。しかし、、運悪く医師がシェルパ族のお祭りに参加しているため、その日は休診日であった。しかたない、この地にkさんを1泊させて明日の診療を待とうか、などと話をしているなかで、Kさんの異常に気づいた。
酸素はもう十分に足りていて、通常なら正常の状態であるはずの彼の言動がおかしい。。。
完全に脳がやられている状態だった。私達の質問に、とんでもない回答が帰ってくる。
「これはやばい」と判断したMさんが、私達とおなじディボチェまでKさんを下ろす決断をした。とにかく、少しでも酸素の多い所に下ろそうと。

それから何時間かかっただろうか。。3人でKさんを支えながら、ディボチェを目指した。
日が暮れて、ヘッドライトが必要になる6時ごろ、ようやくディボチェについた。
10時間、高山病患者を支えてみんなで歩いた。みんな凄く凄く疲れていた。

でもその後、私と鈴木さんは上り坂を30分歩いたところにあるタンボチェで行われている マニリンドゥと言う、シェルパのお祭りを見に行った。
だって、年に1回の貴重なお祭りを見れる機会を逃す手はなく、疲れきった体でさらに30分も山を登った。見れてほんとによかった!付き合ってくれた鈴木さんには本当に感謝感謝。

話は戻って。。。。。
当のKさんは、体はぴんぴんしていた。
でも、脳はおかしいままで、状況が全く把握できていない状態だった。
突然笑いだしたり、言葉が出てこなかったり、まだまだ油断できない状態だった。
この日、私達と降りていなかったら、彼は死んでいた可能性が高かったという。


大変だったのは、Mさんだった。
自分のツアー客を置いて、救助にあたってくれた。
案の錠、ツアー客からは非難の声が上がった。
無謀で無責任な若者なんて、ほっておけばよかったのだと言われた。
救助に使った酸素は、ツアー客のものであって、お金はどうするのだともいわれた。
人命救助をしたのに、頭を下げるMさん。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

私と鈴木さんも「助けなくても良かったのに」っと非難の声を浴びた。

確かに、Kさんは自己管理ができていなかった。保険も入っていなかった。
装備に関しても、日本の夏山の装備で、とてもこの地に対応したものではなかった。
おそらく、彼が山に対してもっていた間違った自信が、今回の事態を引き起こした。
高山病についての知識もなく、体調が悪いことをみんなに隠して登り続けた。
全て彼の責任である。
でも、、、目の前で苦しんでいる人間を助けて、何が間違っているのだろうか?
なぜ救助者が非難されなければいけないのか?

ツアーで来て、着替えからなにからなにまで、スタッフまかせ。自分の力では宿も取れない、トレッキングもできない、ご飯も食べれない、そんなツアー客に、そんこと言われたくない!!!60才だか70才だか知らないけど、あんた達は最低だよ!!っと言いたかった。ツアー参加者9人に対して、スタップ20名以上も使い、いたれりつくせり、おんぶにだっこ。それが当然だと勘違いしていて、シェルパ達にお礼のチップすら渡さない、召使扱い。
彼らみたいな人達が、今の日本を牛耳っているなんて、くやしくてたまらなかった。
お金で全て解決できると思ってて、思いやりの気持ちがまったくなかった。
何かが、おかしい。若者批判ばかりして、なにが楽しいのか。


そんな思いを抱きながら、さらに2日かけてルクラまでおりた。
Kさんはそこからさらに1週間歩いてジリを目指し、カトマンズへ戻るルートを行く。
私達は、飛行機でカトマンズにもどる。また個人個人の旅に戻る。
Kさんには、みんなが散々日本に帰ることを勧めた。
彼の脳は完全に低酸素の為に細胞が破壊されていた。
元に戻らない可能性だってある。。このまま旅を続けることは危険だとかれに言ったが、
彼は首を縦に振らなかった。
私達にできることはもう全部やった。。。後は彼が無事に日本に帰ってくれる日を願うしかない。。

そんなこんなで、私は今カトマンズにいます。

「いや~、今回の旅は濃かったね~!」なんて鈴木さんとMさんと話しているさなか、
昨日カトマンズではバンダと言われるストが起きた。。
朝、町へ出たら、石が飛んでいた。。商店が急いでシャッターを閉めていた。
バスの窓ガラスが全部割られていた。。。
タクシーもバスも動かない。

そんな中、リキシャと呼ばれる自転車タクシーに乗って鈴木さんは空港へ向かった。
Mさんも、ツアー客とリキシャで空港に向かったはず。
「最後の最後まで、今回の旅は濃いな~」なんて言いながら(笑)

私は、明日にはストが解除されることを願って、明日からチトワン国立公園へ行く予定です。


今回のカラパタールでの出来事は他にもいっぱいあって、あまりにも濃すぎて、楽しくて、そして皆との別れが辛くて、喜怒哀楽が凝縮されていて、これを超える経験はもう海外ではないんじゃないかな~。。なんて思っています。
早々と日本に帰ろうか、そんな事を考えたりする今日この頃。

いやぁぁぁ、、山って面白いですね。
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by atsuko-sunaoni | 2008-11-21 20:36 | ネパールでの出会い

あつこ in カトマンドゥ

カトマンドゥにいます。

とにかく、凄い人、車、バイク。
今日も街でデモがあったり、まだまだ治安が安定しない国のようです。
廃棄ガスだらけの街から、ふっと空をみあげると、ヒマラヤ山脈が見えた。
なんだか、面白い所へきたな。っと思った。

ここへ来てから、私は良く怒っている。
お金(商売)がからむと、そして旅行者を相手にすると、とっても汚い事をする人が多い。どこの国も、都会はこんなものなのね。
怒ると、私の英語が少し流暢になることを発見した。
つぎからつぎへと、怒りの言葉を相手に伝えている。
怒りのエネルギーは凄いのね。
この街では、人を信用しないでおこうっと決めた。

そんな私ですが、またいい出会いが会った。
日本人との出会いだけど、とても良い出会い。
72歳、女一人旅。(年齢を書いちゃうのはとっても失礼だと思うけど、その世代の女性が一人で旅をしているなんて、ほんとに、凄いと思うし、驚いたので、もうしわけ 申し訳ないけど、かいちゃった。。ごめんなさい!)
素敵で強くて面白い女性だった。沢山話したけど、話切れなかった。
彼女とは、何だかとっても気持ちが合った。
初めて会うのに、私の気持ちも良く知ってくれている。
また、日本で会いましょうっと言って別れた。

旅の中で、素敵な旅人と出会える事ってあまりなかった。
でもネパールには沢山素敵な人がいる様な気がする。
ネパール行きの飛行機の中から既に、穏やかなと言うか、ほんわかとした、
経験したことのない空気が流れていた。
きっと面白い国だと思う。

そして、素敵な出会いで、明後日からカラパタールと言うエベレストベースキャンプの辺までを目指すトレッキングへ行って来ます。
本屋で出会った日本人のおじさん。ネパールにはもう十数回きているらしい。
[カラパタールへ行く] と言った私に、苦笑しながら[簡単に言うねぇぇ]っと山の厳しさをその言葉で教えてくれた。
そして、あれやこれや、トレッキングの装備やらガイドやポーターの手配まで心配してくれて、結局は、ナムチェまで一緒に行ってくれることになった。
それより先は、どうしても行きたくないのだそうです。
どうやら、とても厳しい道のりらしい。

空港であった日本人男性にも、[カラパタールに行く]と言うと、苦笑された。
どうにも、本当に大変な道のりなんだと思われる。

無理せず、頑張らず、が大事らしい。
高山病になったら、あっけなく諦めて、下山します。

行ってきます!
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by atsuko-sunaoni | 2008-11-02 21:03 | ネパールでの出会い