カテゴリ:ミャンマーでの出会い( 21 )

あきらめない

ミャンマー民主化のニュースを知って、驚いた。

そんな事っておきうるんだ!っと。

私がミャンマーを訪れたほんの数年前は
そんな事がおきるなんて思えない状況だった。

「アウンサンスーチさんの家はどこか?」とタクシー運転手に聞いたら、

彼は黙りこんでしまった。きっと触れてはいけない話なのだと思った。

私が持っていたミャンマーのガイドブックに注意事項として書いてあったのは、
人前では絶対にミャンマーの政治について発言をしてはならない。
もしそんな発言をしてしまったら、町中が大変な騒ぎになると。
それくらい民衆は政治への不満を腹の中に抱え込んで、
ギリギリのところで気持ちを抑えて生活しているんだと思うと、なんだか胸が痛かった。

だから民主化の動きは、凄いな~。よかったな~。っと、心の底から思うのです。

あんなに優しくて、賢くて、素晴らしい国民性なのに
みんななんだか無表情でもくもくと街を歩いていたのがとても印象的だった。

あんなに汚くて、熱くて、臭かったミャンマーだけど
思い出すほどに、しみじ良い国だな~っと思える国だった。
それくらい、人々の優しさや信仰心が胸に染みたところだった。


いつかまた、明るい笑顔で歩くミャンマーの人々に会いに行きたいな。
国名もいつかビルマに戻るのだろうか?





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ヤンゴンの路上屋台。
豚の各種内臓を、一度蒸すか煮るかして串に刺して下処理してある。
好きな内臓を選んで、串を持ち、それを鍋の中でクツクツと煮えているタレの中に突っ込んで、タレを絡ませて食べる。(うる覚えなので、確かそうだったはず。。)
日本で言う串かつと同じ要領で、タレはきっとずっと継ぎ足し継ぎ足ししているのであろう
とろみを帯びていて、こちらは日本で言う焼き鳥のタレと同じ位置づけになると思う。
内臓はこりこりと食感がとてもよく、味は、なんとなく覚えているのですが、
的確な例えが思い浮かばない。。。
甘辛い様な、ちょっと香辛料が効いた味だった様に思う。(記憶はさだかではないですが。。)
ヤンゴンにはこの内臓屋台が沢山あった。



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マンダレーにて。
バスターミナルに向かうタクシーに乗っていたら、タクシーの後ろに彼らのバイクが走っていて、カメラを構えたらとても嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
派手さの無い地味なヘルメットは
なんだかミャンマー人の気質を表しているように思えてしまう。
この情景は今でもはっきり思いだせるくらい、なんだかとても心が温まる親子の姿だった。



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マンダレーの街中。
これもバスターターミナルに向かうタクシーから。
ミャンマーの写真をうっかりミス殆どなくしてしまったので、
このブログはマンダレーで撮った写真でやりくりしている(笑。


マンダレーには確か2泊しかしていない。
しかも熱すぎて、灼熱の街中にいると瞬く間に体力が奪われ、思考回路が停止する。
余りに辛すぎて、2日目は宿に引きこもっていたような気がする。
外出するのはご飯の時で、それが凄く楽しみだった。
しかし、蚊と格闘しながら食べるご飯は、ある程度の覚悟を必要とするのでした。
夕食をとっていた店で、若い青年(少年?)が日本語で話しかけてきた。
来月か来週か、日本へ行くのだという。
日本に行って勉強するのだと言っていたような気がする。
彼はとても嬉しそうにそれを話してくれた。
とにかく、日本に対してとても友好的な感情を抱いてくれている人が多かった。



いまさらだけど、ありがとうと伝えたい。

なんでも、諦めなかったらどうにかなるんだと教えてもらった。そんな今日このごろ。
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by atsuko-sunaoni | 2012-06-18 23:39 | ミャンマーでの出会い

満月

今夜はあいにくのお天気で、満月が見えない。

満月じゃなくても 綺麗な月を見ると
ミャンマーを思い出す。

凄く強い光を放って、その回りの大気が何色にも見えて
眩しくて、瞬きするたびに
くるくると光の形が変わって見えて
瞑想で自分がおかしくなっちゃったのでは無いかと
真剣に心配になった。

満月の日、瞑想センターには沢山の人々がわらわらと集まってきて、
いつもの何倍もの人々で瞑想室が埋め尽くされて、みんなでお経を唱えていた。
「ミャ~、ミャ~、ミャ~」と。
満月は、仏教徒にとって特別な日なんだなと、肌で感じた。


そんなことをどうして思い出したかというと、
タイに行く友人が「ミャンマーでも瞑想してみたいな~。」なんて言った事からだ。
タイでも瞑想するらしいが、瞑想といえばやはりミャンマーなのでは と言うわけだ。
私は後にも先にも、ミャンマーでしか瞑想をしたことがないので他が分からないが、
間違いなく、素晴らしい体験であったと言う事だけは断言できる。
瞑想が生活に根付いている風土の中でやることには、大変な意義があると感じる。

瞑想は、去年の3月にヤンゴンのチャンミ瞑想センターで、
たったの10日間だけ行っただけだ。
私の場合、瞑想が終わってからが瞑想の意味を知る心の旅の始まりだった。

修行の最中は、セアド(お坊さん)に言われた事を
意味も分からず、ただただ実行しただけだった。
それすらもちゃんと守れず、1フィート以上先を見るなといわれているのに、
空を見上げては月を見て、感動しているような始末だった。
「今夜は月がとても綺麗ですね。セアド。」なんて言おうものなら、
すごく怒られていたに違いない。
そんな私だか、一応「ジャパニーズ・ヨギ」(日本人の修行者)なんて立派な名前で呼ばれていた。

あれからもうすぐ2年が経とうとする今、
セアドに言われた事の意味がようやく分かってきている。
1フィート以上先を見てはいけないことも、
ストイックなまでに一つ一つの体・心の、動き・感覚を観察しなければいけないことも。
そこに内包されていた、大事な意味にやっと気づいてきた。



「あなたはこの10日間で、瞑想のやり方を知っただけに過ぎません。
これからが瞑想の本番です。
何年やっても瞑想修行は終わりません。また来年も来てください。」

そう言ったセアドの言葉が思い出される。


あぁ、またいつか、ミャンマーに瞑想に行きたい。

そしてきっと、またあの眩しい月を見たい。






そんなことを考えながらも
暖かいタイに行くと言う友達を本気で羨ましく思い、
冬が大嫌いな私は、せめてもの慰めにと、冬眠を心に決めた。

何故、人間は冬眠しないのだ?っと真剣に考える。
今年の冬は、どうどうと布団から出ないつもりだ。

あぁ、そんなことばかり言ってるから、お茶をカーペットにひっくり返してしまった。

ドジばかりは、瞑想でもどうにもならないかもしれない。


そんな今日この頃。




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インレー湖の近くの村。私が宿を取っていた村だ。
一応観光地なので、他よりはずっと綺麗で発展している。
ミャンマーは国中そこいらにパゴダと言われる仏塔が建っていて、
この辺りは崩れかかった古いパゴダが沢山あった。
子供にとっても、仏教は当たり前の日常なんだろう。





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インレー湖の漁の風景。
水面を思いっきりたたいて、魚を追い込む。
船の舵は片足で上手にとり、こぐときも足を使う。







1フィートの感覚を持つ国、ミャンマー。
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by atsuko-sunaoni | 2010-12-21 23:17 | ミャンマーでの出会い

おかいもの

ミャンマー

インレー湖のなかの浮島にある村。

その村の市場の様子。



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移動手段は船です。



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干物屋さん。
湖の魚かな?



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ミャンマーのトマトサラダは、とっても美味しかった。




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これは、主に男性がかむもので、いわゆるタバコみたいなものなのかな??
葉っぱの上に石灰を塗って、木のくずみたいなのとか
お店によってトッピングがいろいろ。
噛むと口の中は真っ赤になる。噛むと唾液が出て、
それをぺっぺっぺっぺと吐きながらかみつづける。
だからミャンマーの町はあちこちが赤く染まっていた。
私も挑戦してみた。
噛んでるあいだ、頭がすっきりとして目がさえた。覚醒とでも言うのか。
でもあまりの不味さに吐き出してしまった。
それを見た人々は笑っていた。



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女性は野菜を買う。
値切りは、あたりまえでしょ。




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お花をちょうだい。




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さあ、帰ろう。
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by atsuko-sunaoni | 2010-09-15 21:07 | ミャンマーでの出会い

ミャンマー記 ヤンゴンの路上グルメ篇

久しぶりにミャンマー記を書きます。
薄れつつある記憶に、焦りを感じる今日この頃。

休石さん、ミャンマーでいかがお過ごしでしょうか?



最近、自分の旅の日記を読んで、過去の自分の体験から教えてもらう事が沢山ある。

忘れてしまっては勿体ない事が、沢山ある。
何気ない事でも、きっと大事な事だと気づく時がくるはずだから、なるべく沢山書き残しておきたいと、そう思うのです。



ミャンマーの旅で、鮮明に覚えている事の1つに、ヤンゴンのダウンタウンでの路上屋台がある。


ゴミ、汚水、異臭、ホコリ、排気ガス、ねずみ、暑さ。

逃げ出したいくらい汚いダウンタウンの街の路上には、朝の涼しい時間と、日がくれる夕刻から屋台が無数にでるのだ。
惣菜屋台、麺屋台、チャイ屋台、豚の内蔵屋台、インド料理屋、サトウキビジュースの屋台、ざっとこれくらいの種類の店がある。

惣菜屋台が一番多くて、大体の店は、赤と青混じったのカラフルなパラソルを立て、その下にテーブルを置いて、沢山の出来合いのおかずを並べている。


魚、肉、野菜、揚げ物や煮込みなど、おかずの種類はざっと10種類以上はある。

客は、その中から好きなおかずを選び、一品ずつ小さなお皿に入れてもらう。

ご飯は、普通の白いご飯か、フライドライスの二種類があり、好きな方を選んで持ってきてもらう。

フライドライスは、具は無いが、塩味のついた、薄茶色いもので、これがまた美味しかった。

惣菜屋台のメニューで私が一番好きだったのは、トマトサラダだ。
トマトと玉ねぎとキャベツだったかな。それと、豆の粉と特製の油を入れて手で混ぜ合わせる。
レシピを必死に覚えたのに、忘れてしまった。
このトマトサラダは至るところの食堂でも作ってくれて、店によって味が違うのが楽しみだった。


ミャンマー独特なもので、面白いと私が思ったのは、豚の内蔵屋台だ。ありとあらゆる内蔵が串にさしてあり、それをおでんみたいに台と一体化した大きい鍋で煮てあって、お客さんはその台を囲む様に座り、好きな内蔵串をとって、タレにつけてたべる。


これを私も頂いたが、なかなか美味い。
何より、食べ物を無駄にしないところが、内蔵屋台に共感出来るのだ。


内蔵屋台と同じくらい独特なのが、麺屋台だ。


麺と薬味と油をおじさんが手でまぜまぜして出してくれる。頼めば、トッピングで揚げたえびせんみたいなのを入れてくれる。これにライムを絞って頂くのだ。
なんとも言えない独特な味で面白い。
この麺には、魚でダシを取ったスープが付く。魚が煮込まれてぐたぐだに崩れてスープに溶けている。味付け塩だけだが、美味い。スープのお変わりは気軽にできる。

これは、私がミャンマーで初めて食べたものだった。
暑い昼間の路上で何やら皆が食べていたのがこの麺で、腹ペコだった私は、その輪に加わって不思議な麺を頂いたのだった。


基本的に、ミャンマーの料理はスパイスは強くないので、日本人の口に合うと思う。

ミャンマーの食事の特徴と言えば、とにかく油だ。


おかずは大体が油びたしだし、サラダにも辛い油を和えるし、大体のものは油が使われている。

しかし、これが意外とさっぱりと食べられる。
油っこいと感じた事は一度もなかった。

それは、熱いお茶のおかげかもしれない。


ミャンマーでは食事の際、必ず熱いお茶が出てくる。
日本で言う、ほうじ茶みたいなお茶だ。

テーブルにはあらかじめ小さい湯飲みと、お茶が入っているポットやヤカンが用意されている。

注文した料理がくるのを、熱いお茶をすすりながら待つのは楽しかった。


ダウンタウンの路上屋台は、子供用のおままごとセットの様な、プラスチックで出来た小さなテーブルと椅子がずらりと並び、それが客席だった。


小さな椅子に腰を下ろすと、道行く人々の様子が良く見えた。

ロンジーをまとって、みんな大股でさっさと歩くのがミャンマー人の特徴で、アジアにしては珍しく、みんな険しいような、無表情な顔で無言で歩いていく。

ほりが深く、肌は浅黒く、目が大きい。
男性は皆細く、背が高く見えた。


ヤンゴンでの、思いつめたような人々の表情は非常に印象的だったのだが、後から、それは国の混乱により国民の生活が困窮している事による事だと知った。



2007年9月に、市民と僧侶がヤンゴンで反政府デモ起こした。
その取材中に、日本人ジャーナリストがミャンマー軍に射殺された事件は、記憶にも新しい。


聞くところによると、公務員のお給料が上がったからと言う理由で、政府が一方的に物価を上げたらしいのです。
ガソリンは一気に8倍の価格になり、物価も2倍か3倍くらいに上がったのだという。
でも庶民のお給料は上がっていない。

むちゃくちゃ過ぎる。


あのデモの後からミャンマー人の表情が暗いと言うのだ。


あの穏やかな人々が、あの僧侶達がデモを起こしたなんて、私には想像すら出来ない。
彼らは敬虔な仏教徒であり、怒りの感情を出さないと聞く。

そんな彼らがデモに踏み切らざるえなかった状況が、いかに苦しい事であったか、また武力でそれを制圧されたその痛みは、計り知れない。そして、未だ変わらぬ現状への落胆も大きいのかもしれない。


ミャンマーを、ビルマと言える日が早く来る事を、祈るばかりだ。



さて、話は屋台のテーブルに戻る。

小さな椅子に座って、小さなテーブルでご飯とお茶を頂く。

その様子を、どこの店に行っても、そこの店の少年が良く見ていてくれる。

お茶が無くなればすぐに新しいヤカンを運んできてくれる。
困った素振りをすれば、私が望む事を的確に察知して笑顔で対応してくれるのだ。


とにかく、この10歳前後の少年達は、気持ち良くお客をサポートしてくれるのだ。


私にとって、世界一の接客は、ヤンゴンの路上屋台にある。


ある路上ドーナツ屋さんでは、ドーナツを蜜に漬けて食べるのだが、私の片手は荷物でふさがっており、蜜をを持つ事ができなかった。
すると、お店のおばちゃんが私の隣にすわり、蜜が入ったお皿を持って、私が食べ終わるまでずっと、嬉しいそうに蜜を差し出し続けてくれた。


それが、観光客だからなのではなく、きっと誰にもそうなのだ。



1ドルもしない食事で、こんな接客を体験できるミャンマーの路上屋台は、私のオススメだ。


料理の味は残念ながら忘れてしまったのだが、お茶の味と、心温まる接客の事は鮮明に思いだせる。

ヤンゴンの路上で食事をとってる観光客は私達以外にはいなかったと言う事もからして、衛生的には、かなり問題があるのかもしれない。


でも、オススメ。


シャンシャンシャン。と、サトウキビを搾る時のあの鈴の音が、懐かしい。


全てが手動のミャンマーが、懐かしい。


汚いけど、ぴかいち。



(記憶が曖昧になってきているので、内容が実際と少し違ってるかも知れません。あしからず。)
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by atsuko-sunaoni | 2010-07-22 19:49 | ミャンマーでの出会い

バスとロンジー

マンダレーから、ヤンゴンへ戻る日。

本当はマンダレーからバガンへ行き、バガンからヤンゴンへ戻る予定だったが、

資金と精神力と体力が尽きたため、予定変更。

夕暮れ時のマンダレーのバスターミナル。



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ミャンマー国内で走っているバスの9割以上が、日本のお古なんじゃないかな。
一度だけ、韓国のバスもみた。
空港の搭乗用に使われているバスも、日本の路線バスのお古だった。
飛行機をおりたら、日本語表示そのままのバスが待ち構えていて、
なんとも面白かった。あれ?日本に帰ってきたのか?っとすら錯覚してしまった。

エコとかなんとか言う前に、私たち日本人は物を大切にする事から始めないといけないのだと痛感した。
日本で捨てられたバスが、まだまだここでは動いているのですから。



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待合所




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この国の人は、みんなロンジーと言われるまきスカートをはいている。

それを素敵に着こなす男性は、かっこよかった。
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by atsuko-sunaoni | 2010-05-18 01:25 | ミャンマーでの出会い

みちばた

先日、ある写真家さんの旅写真を見ていたら

消えてしまったミャンマーの写真が恋しくて仕方なくなってしまった。

私の無知ゆえに、デジタル画像のバックアップをちゃんとしてなかったからいけないんだけど。

ごっそりなくなったミャンマー カンボジア ペナン タイ の写真うん百枚。。。。

消えてから半年以上たつのに、まだまだあきらめ切れない笑


ところが、なぜだか残ってるミャンマーの写真を数枚見つけたので一枚。


ぱしゃり。


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ミャンマー第二の都市、マンダレー。


共同水場の前。

バスターミナルに向かう途中で出会った光景。

車の中から、ぱしゃり。








そして、いまさらですが。

私の友人であり、写真の師匠である
むらいさち氏がデジカメのバイブル本をだしたそうな。(もう結構前だけど笑)
私も読ませてもらいましたが、非常に読みやすくわかりやすいお勧めの一冊です。

技術より、心で撮る。
私は彼からそんな一番大事な事を学んだような気がします。
むらい氏のブログより、カメラ*好き うらばなし
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by atsuko-sunaoni | 2010-05-13 15:20 | ミャンマーでの出会い

食堂 

あけましておめでとうございます。

でも旧暦ではまだ旧年中で、旧暦での正月は今年は新暦の2月14日にあたるそうな。
毎年毎年、2月を過ぎるくらいまで、一年の抱負を決められないのは、そのせいだったのかな、、
なんてちょっと考えてみたり。
今年は、旧暦をもっと意識して生きてみよう。
ちなみに、今年の抱負はまだ決まっていない。




私は、アジアの市場が大好きだ。
不衛生で、臭くて、ぎょっとすることも良くあるけれど、
そこには土地の人の暮らしがたくさん溢れていて、活気があって、大好きだ。

今まで見た中で一番不衛生でびっくりしたのは、カンボジアの市場だった。
私が宿を取ったのは、ツーリストタウンからだいぶ離れたところにある宿だったので、
町自体が荒涼としており、皮膚病にかかっていない犬を見つけるのが難しいくらいだった。
足元は汚水でぬかるみ、そこにはごみも混じっている。
そんなことはお構いなしにと、野菜やら生肉やらが売られている。
強烈だった。

けれど、私はそんな市場が大好きで、またそこでご飯を食べるのも大好きなのだ。



こちらは、ミャンマーのインレー湖近くの村の市場。
こじんまりしたかわいい市場だった。

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食堂のおばちゃん
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食べるひと
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食べるひと
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うまいんだ。これが。
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庶民の味が一番だ。
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by atsuko-sunaoni | 2010-01-21 17:52 | ミャンマーでの出会い

しごと帰り  其の弐

インレー湖をボートで進んでいるとき、


水牛に、横すわりしてまたがる女の子を見つけた。

ミャンマー人がみんな使ってるシャンバックと言う斜めがけのバックと、
巻きスカートのロンジー、そして水牛に乗る姿。

その姿がなんともかわいらしくて、私は彼らに目を奪われた。

しかし、ボートは彼らをあっという間に追い越していき、見えなくなってしまった。



インレー湖の中にある、仏教遺跡

そこは近年やっと観光客に開放された遺跡だと言う。

広すぎる遺跡でさまよっていたら、

あの女の子と水牛を見つけた。

私はうれしくて、走って追いかけたけど、追いつかなかった。




黄金の夕日に輝く夕暮れ時

ともに一日の畑仕事を終えて帰るその後ろ姿は、

手をつないで歩く友達同士のように、私の目には映っていた。



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牛と人が同じ歩幅であるく。

そんな国 ミャンマー。
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by atsuko-sunaoni | 2009-12-25 14:26 | ミャンマーでの出会い

しごと帰り

ミャンマーにある観光名所


インレー湖


観光名所っていったって、ミャンマー自体に観光客がそんなにいないから、

のどかなミャンマーの暮らしを垣間見ることができる貴重なところだった。



ミャンマーの人ほど、水牛と仲良しだったところはなかった。

水牛がいれば、そこには必ず人がいる。

人がいれば、そこには必ず水牛がいる。

一匹と一人。

それは必ずと言っていいほどセットだった。





夕方、仕事が終わって家に帰るところだろう。

こうやってみんな水牛と一日をともにしている。


水牛にのる少年と 水牛と。


それは、親友といるかのような安心感が両者にあるように見えた。



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by atsuko-sunaoni | 2009-12-25 03:08 | ミャンマーでの出会い

せかいの車窓から

ミャンマーの写真は全部消えた。

でも、実は数枚だけ残っているものがある。

それは、いつもなら直ぐに消去するのに、わざわざプロテクトをかけて

カメラのメモりーカードに残しておいた写真たちだ。

ミャンマーの旅からもうすぐ半年が経つと言うのに、どうしても消せないで残していた写真。

それは、この物売りの少女の写真が大好きだから消せないでずっと持っていたのだ。


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チゃイテーヨーと言う、落ちそうで落ちないゴールデンロックを見たあと、

インレー湖に向かった。

その道中、バゴーと言うバスの乗り換え地点まで行く途中でバスが少し停まった。

ミャンマーでは、バスの乗客が降りないでも買い物が出来る。

なぜなら、彼女みたいに頭に品物を乗せて、手を伸ばして私に渡してくれるからだ。

彼女が売っているのは、餅のような、甘いようなしょっぱいような お菓子で美味しかった。

不安だったバスの旅。

彼女の笑顔が、元気をくれた。


ミャンマーの女性はいつも美しかった。

その笑顔は明るく人々を照らしていた。
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by atsuko-sunaoni | 2009-09-19 02:55 | ミャンマーでの出会い