時のひと

ミャンマーから戻りました。
今は、タイのチェンマイに来ています。

ミャンマーは凄い国でした。

色んな意味で、今まで行った国のなかで、一番衝撃的だった。

こまったのが、ATMがない。だからお金は現金を持っていかないといけないのですが、
正規レートなんて、あって無い様なもので、一番換金率が良いと言うのが
町にある金(Gold)屋さん。 つまり、相手の言い値でしかマネーチェンジが出来ない。。。
そのレートも、1ドル950といわれたり、1050だったりと、本当に場所によってまちまち。

で、私は米ドルを持っていったのですが、綺麗な米ドル札以外はどこも受け取ってくれない!!
これがまた苦労する、、、。そんなこと、知ってたら綺麗なのそろえて来てたのに。。。。
っと受け取ってもらえない度に愚痴る。

で、クレジットカードだってもちろん使えない。
そんなわけで、現金が底を付いた私は、帰りのエアチケットが買えない事態に陥る。
で、ネットで取ろうとするも、くしくも、その日は翌日の軍事パレードの混乱を避けるために、
国によって全土の通信回線が切られたと言う、そんな日だった・・・。
そこで、申し訳ないとは思ったが、タイのゆかこさんに電話をして、
タイからエアアジアのチケットを取ってもらった。
が、翌日空港に行けば、「あなたの名前が名簿にない」と案の状言われたものの、
確認がとれ、無事に乗れました。
あわや、出国できずに大使館にお金を借りに行く寸前でした。
ゆかこさん、本当にありがとうございました。

で。。ネット自体も、速度が恐ろしく遅い上に、日本のサイトは規制がかけられている。
メールを見ることも一苦労。。。。

で、、、親に連絡を出来ないこと2週間。

心配した両親が、捜査願いを出そうとしていたらしい。。。。
それを、これまたタイのゆかこさんが、大使館に確認してからにしては。。。っと
ナイスアドバイスをしてくれたので、捜査願いを出される寸前で、それは阻止されました。。。
なぜだか、父が捜査願いをどこに出せば良いのか、ゆかこさんに相談の電話を入れたらしい。

危なかった。。

危うく、「行方不明の日本人女性」 と言うことで、時の人となるところでした。

ミャンマーについては、色んな事を書きたいのだけど、、ああ、時間がない・・。


とにかく、ツーリストは非常に少ない。
少ない理由は、旅をしているうちに、だんだんと身を持って分かるようになりました。。。
過酷です。。。。国内移動は、安いのでバスを利用するのですが、これが非常に過酷です。
15時間~20時間はバスに乗りっぱなし。
休憩は5時間に1回。バスはきゅうきゅうで、なかなか体も動かせなかったりする。
そのくせ、ツーリストだからと、バス代はミャンマー人の何倍も取られる。。
大体、15ドルくらいですが、ミャンマーの相場からしたら高すぎる。
私はこれで、人生初の膀胱炎になり、タイに戻って来た当日にバンコクホスピタルに駆け込んだのでした。

これで学んだこと。。ミャンマーの移動は、飛行機か、バス代はケチらず、いいバスに乗る!!!

そして、宿代が高い。。。。
高い理由をホテル側に問いただすと、ツーリストは政府に税金を払わなければならず、
これは税込みの値段だと言う。
一体、税金は何パーセントなんだ・・・・。
そんなわけで、安宿でも一人6ドルはしました。
ミャンマーは、一部屋いくらではなくて、ひとりいくら なのです。。。

移動費と、宿代が節約できず、思ったより旅の予算の減りが早かったのと、
バス移動の疲れ、そして、なにより、背筋が凍り付くような不衛生な町中に耐えられず、
一番行きたかったバガンには行かずに、帰って参りました。

ヤンゴンのダウンタウンの不衛生さと言ったら、、、下水道の中に町があるのじゃないか・・・?
っと思えるほどで、アレルギー体質の私は、ヤンゴンに2日も居れば、全身に酷い炎症が起きたくらいでした。


っと、嫌な事ばかり書きましたが、ミャンマー人は、他のどの国の人より、暖かかった。
一番の楽しい思い出は、電車に乗って、チャイテーヨーと言う、落ちそうで落ちない岩を見に行った時。
約10時間(本当は5時間だけど、降りすごし終点まで行ってしまい、翌日また電車で戻った)の電車の旅は本当に楽しかった。
乗ってるのはみんなミャンマー人。電車が揺れるたびに、みんなで顔を見合わせて笑ったり、驚いたり、
飴をくれたり、降りる駅を間違えそうになると、みんなでフォローしてくれたり。
本当に楽しい時間だった。

電車の旅は、揺れが酷いので止めた方がいいと、数人のミャンマー人に言われていましたが、
バスと違ってトイレ付きだし、アットホームだし、私は断然電車の旅がお勧めだと思いました。

瞑想については、私は駄目生徒でした(笑
瞑想では、考え事を止めなければいけないのですが、その考え事が楽しくてたまらなくなり、
考え事の静止を放棄し、考え事に更け居ると言う、なんともお粗末な事態に。。(笑
でもその考え事も、瞑想中の異様に神経が研ぎ澄まされた状態で出てきた考えや発想だったりしたので、
私としては、凄い発見をしたし、すばらしい事だったと思っています。
瞑想としては失敗しましたが、瞑想したから凄い発見をした!!っと思っている今日このごろ。
で、瞑想の仕方は分かったので、これからは時間があれば、自分でも瞑想を出来たらいいなっと思っています。(と思い続けて3週間、一度もやっていない)
瞑想事態は、とてもシンプルのものなので、どこでも出来るし、やはり、瞑想をすこしでもすると、心と体に落ち着きが生まれ、いい効果が出ることも今回分かったので、また機会があればやってみたいとも思います。
が、、、まだしばらくはやりたくない。。。。

瞑想センターを出る日、お坊さんからは、「瞑想は何年やっても簡単にはマスターできるものではない。また来てください。」と言われた。 
このウスピタセヤド(セヤドはお坊さん)をはじめ、一緒に瞑想をしたミャンマー人の方々など、
本当に皆さんに良くしていただきました。
特に、通常は外国人専用道場で瞑想しなければならなかったのに、特別にミャンマー人用の道場で
私は瞑想をさせてもらいました。その際、いつもいつも、何も言わずに私の世話をしてくれて、私が鼻をすすっていれば、いつの間にか私の席にティッシュが置かれていたり、飴がおかれていたり、蚊帳を用意していてくれたりしたおばさまには、本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
最後、私がセンターを去るときも、わざわざ出てきてくれて、飴と自分の名前の書いた紙を渡してくれて、
笑顔で見送ってくれました。。。

また、行きたいな。。。。


ミャンマーは、国の混乱が、そのまま町や人々に反映されている印象でした。
凄まじく汚い町に、綺麗に洗濯された服を着て、姿勢良く歩く人々。。
テレビや町中の看板は、先進国を意識した最新の情報であるのに、実際には、
いまだに牛が荷車を引いて、水牛と人間が共同でが農作業して、とのどかな風景がたんたんと続く。

首都でさえATMも、クレジットカードも存在しない。ネットもままならない。ごみの処理もされていない。
現代とも、過去とも言い難い、不思議な様子。

バスや電車の車窓からミャンマーの生活をのぞきみて、
タイムカプセルみたいな国だなっと何度か感じました。
50年、100年くらいまえの生活が、まだ永遠と引き継がれている。
ジャングルの中に、突然町が現れたり、森だと思っていたら、その中に村があったり。
と思ったら、現代的なものが突如現れたり。
最後まで、この国はなんなんだ??っと言う疑問が取れなった。

きっとそれは、ミャンマーの人も感じているのだろうか。。。

とても不安定な国なんだな。。。っと言うのが、最後の最後に思ったことでした。

ミャンマー人は、とても頭が良く、心優しく、非常に優れている人が多いと私は感じました。
彼らの能力をもっと生かして、もう少しちゃんとした生活が出来る日がいつか来てくれると良いなっと思います。このままで居てほしいと、言うには、あまりに不安定すぎて、発展途上国に来て初めて、
「変わってほしい」と思った国でありました。


っと、思ったままをつらつらと、1か月分書いてみました。
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by atsuko-sunaoni | 2009-03-31 01:44 | ミャンマーでの出会い
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