ミャンマー記 人間だもの

翌日、朝8時にチャンミメデテーションセンターへ出向いた。

受け付けで昨日出会った日本人女性Y子さんを呼び出してもらった。

彼女はすぐにやって来て、もうしばらくしたら、通訳さんがやってくる。そして、その後にすぐに通訳さんを挟んでのセアドとの面接があるから、話しはその後ゆっくりしようと言うことになった。

しばらく待っていたら、通訳さんがやってきた。
歳は40代後半だろうか。黒くて長い髪の毛が綺麗にまとめてある。背は160センチくらいで小さい顔にメガネをしている。

そして、驚くほど流暢な日本語で私に挨拶をしてくれた。
日本語はほぼ完璧だった。

非常に知的で、人を安心させる包容力がある人だった。

聞けば、彼女はミャンマーでは上流階級の部類に入る富裕層の人だ。

元役人で、今は会社社長だ。
通訳は役人時代にやっていたのだが、会社を始めてからは忙しくなって辞めていたとのこと。

今回は色々事情があり、Yさんの通訳をする事になったと言う。

名前はミャンミャンタンさんと言った。

私達は10分ほど立ち話をして、それから彼女たちはセアドの部屋へと入って行った。


それから15分も経ったころ、彼女達は面接を終えて戻ってきた。


そこで、瞑想センターについて色々な話しをした。


話しは、森の中のセンターにするか、ヤンゴンのセンターで瞑想するか、と言う事に絞られた。


私は環境優先で森の中に行くと決めた。
そのはずだった。


そう決めて、ミャンミャンタンさんと一緒にセアドに話に行き、翌日から瞑想を始める事になった。

翌日の午前中はYさんがチャンミセアドに御布施として、昼食を作る事になっていた。

私はその手伝いをしてから、森のセンターへ行く事になった。


結局、マハシへは見学に行かず、Yさんとの出会いをきっかけに、チャンミで瞑想する事になった。


ちなみに、外国人の間で一番有名なのはマハシだ。
西原りえことカモちゃんもマハシに行ったみたいだ。
タイのゲストハウスにあったカモちゃんの本を読んで以来、カモちゃんと西原が好きになった私だ。

マハシとチャンミは日本語通訳がいるのが特徴。

もし次回ミャンマーに行くなら、次はマハシに行ってみたい。


翌日、朝早くに宿を出た。

路上屋台で麺を食べる。そうめんみたいな麺と、数種類のスパイス、揚げ物、油を素手で混ぜ混ぜしてくれる。アジアに慣れていないと絶対に食べれなさそうな一品だ。

これに魚でダシをとったスープがつく。

めんにはライムを絞って食べると美味い。

黙々と食べるミャンマー人と一緒に、黙々と食べる。

これからしばらくは、俗社会から断絶されるので、味を噛み締めて食べた。


チャンミに着いたら、早速料理の準備が始まった。

チャンミセアドには専用のキッチンと専属の料理人がいる。

そのキッチンで、料理人にアドバイスを受けながら作る。
その料理人の女性は、かん高い声と、茶目っ気たっぷりな面白い人だった。
私は勝手にキッチンレディーと呼ぶ事にした。

作ったメニューは天ぷら、太巻き、うどん、湯豆腐。

材料は前日に日本食品店に行って買い出しを済ませていた。

キッチンのなかは、てんやわんや。


ここでの食事は1日二回。朝は6時頃、昼は10時半頃からだ。12時以降は何も食べない。食欲、つまり欲が瞑想修行の邪魔になるからだ。

そんなわけで10時過ぎまでに作りあげなければならなかった。

そんなこんなでYさんの指示のもと、ギリギリに料理は完成。


チャンミセアドに食べて頂く。

私は訳が分からないまま、料理を運び、食べるチャンミセアドをお行儀良く、にこにこと見守る。
良い子ぶりっこだ。


Yさんは興奮し、こんな素晴らしい事はない!チャンミセアドに御布施出来ることは凄いことなんだ。貴方は来てすぐなのに、素晴らしい体験をしたのよ。

っと何度となく言ってくれたが、仏教も瞑想もよくわからない私には、なにも実感はなかった。

それよりも、チャンミセアドに出される食事の豪華さに驚いていた。

私達が作ったもの以外にも、キッチンレディーが作った料理もテーブルに並ぶ。ざっと10品はある。

テーブルいっぱいに料理が並ぶ。
それが一人分なのだ。
肉、魚も食べる。

なるほど。

お坊さんがまるまるとしているのが分かる気がした。

しかし、そのおかずの多さは、何も特別な事でなく、私も修行中は毎日凄い量のおかずを頂く事になる。

ちなみに、ここでの食事は全て寄付金でなりたっている。
食堂の黒板には、今日の食事を寄付してくださった方の名前が書いてある。

食事だけでない。センターの運営は全て寄付金で成り立っている。


仏教国、ミャンマーの底力を見た気がした。



さて、その日の夕方、私はヤンゴンで瞑想をしようと考えを変えていた。

それをセアドに伝えた。

セアド達は相談していた。そして、貴方にとっては森のセンターが良いはずだ。何故考えを改めたのか?っと問うてきた。

かくかくしかじか。理由を述べた。

なるほど、っと言いながらも釈然としない様子だった。

しかし、もう変更はできませんよ。

っと言って、受け入れてくれた。

その夜、ウスピタセアドと言う、チャンミセアドの次に偉いセアドに連れられて、チャンミセアドに瞑想のお許しを頂きに行った。

チャンミセアドは、自分は忙しく、直接指導出来ないが、頑張りなさい。っと言ってくださった。あとは世間話を少々。通訳を介して話すのでなかなか進まなかった。
ちなみに、チャンミセアドは世界中をまわっておられ、もちろん英語はペラペラ。英語が出来れば、直接会話する事が出来る。

チャンミセアドは、かっぷくが良く、まるまるとしていて、顔つきは非常に穏やかで、私が見ても、悟りの道の上の方にいらっしゃるのだと、一目で分かる。
仏教に無知すぎてお恥ずかしい限りだが、きっと素晴らしいセアドなんだろうなぁぁっと思った。

チャンミセアドと会ったのは、それが最後となった。

お会い出来ただけでもラッキーだったのかもしれない。

私はウスピタセアドの指導してもらいながら瞑想修行をする事になる。
このウスピタセアドについてはまたのちほど。


いよいよ明日から、瞑想が始まる事になった。


その前に、、瞑想するには白いブラウズとあずき色のロンジー、あずき色のタスキみたいなのが必要だ。それに、瞑想中は外に出れないので日用品も揃えないとならない。

っと言う訳で、夕方にセンターのスタッフの方々と近くの市場に買い物に行った。ロンジーやブラウズ、タスキは全てキッチンレディーが貸してくれたので、石鹸や歯ブラシやらを買いに行った。
小さな車に五人で乗り込んで、わいわいっと出掛けた。

連れて行ってくれた女性がブラウズをオーダーしたり、ミャンマー人の日常を垣間見る。

帰ってからは、夕食を食べさせてもらう。瞑想修行をしていないスタッフは、夕食を食べるのだ。
広〜いキッチンで、買い物に行ったみんなで同じおかずをつつく。おかわりは?もっと食べろっと気をつかってくれる。楽しかった。

この広〜いキッチンは沢山の人々の食事を作る所だ。つまり、チャンミセアド以外の、全ての人の食事を作る所だ。センターに住んでいる子供達、お坊さん、尼さん、スタッフ、瞑想修行者、合わせてざっと100人以上はいるだろう。

ここで毎日作られる10種類以上のおかずの数々は、本当に美味しかったものだ。


さて、何故私が森のセンターでなく、ヤンゴンで瞑想をしようと考えを変えたのかと言うと、
料理をしながらも、Yさんからヤンゴンで瞑想をするようにと、私は説得をされ続けていたのだ。

その理由は、ここで書くことは控えるが、色々とあるのだ。
瞑想センターは、心の平穏を望む人々が集まっている所だが、人間は人間なのだ。

色々なしがらみやトラブルがあるのだ。

どこに身を置いても、人々が本当の心の平穏を手に入れるのは難しいんだなぁ。
悩みはつきぬ。

人間だもの。


そんな瞑想の始まりだった。
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by atsuko-sunaoni | 2009-09-02 12:02 | ミャンマーでの出会い
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